この節では,$B(L^2({\mathbb R}))$内のド・ブロイのパラドックスの説明する ( [2.10節:$B({\mathbb C}^2)$内のド・ブロイのパラドックス] と実質的に同じであるが、この節の説明がド・ブロイのパラドックスの原型である ).



${\mathbf q}=(q_1, q_2, q_3 ) \in {\mathbb R}^3 $として, \begin{align*} \nabla^2 = \frac{\partial^2}{\partial q_1^2} + \frac{\partial^2}{\partial q_2^2} + \frac{\partial^2}{\partial q_3^2} \end{align*} と定めて, 一粒子系のシュレーディンガー方程式: \begin{align} i \hbar \frac{\partial}{\partial t} \psi ( {\mathbf q}, t ) = \Big[ \frac{- \hbar^2}{2m} \nabla^2 + V( {\mathbf q}, t ) \Big] \psi ( {\mathbf q}, t ) \tag{11.9} \end{align}

を考える.ここに,$m$は粒子の質量,$V$はポテンシャルエネルギーとする.




図示のため,${\mathbb R}^3$を${\mathbb R}$とする. したがって, ヒルベルト空間$H=L^2({\mathbb R}, dq)$を考える. 任意の時刻$t(\in {\mathbb R})$において, $H_t=H$として, 量子系の基本構造

\begin{align*} [{\mathcal C}(H) \subseteq B(H) \subseteq B(H) ] \end{align*} を想定しよう.

11.3:ド・ブロイのパラドックス(非局所性=超光速)

シュレーディンガー方程式11.5 [Schrödinger equation in $\S$10.4.3]

質量$m$の粒子$P$が, 箱(すなわち, 閉区間$[0,2]$) に入っているとしよう. 時刻$t=t_0$の(初期)状態を$\rho_{t_0}=| \psi_{t_0} \rangle \langle \psi_{t_0}| \in {\frak S}^p({\mathcal C}(H)^*)$ としよう. 時刻$t ( \ge t_0 )$での粒子$P$の状態 $\rho_t = | \psi_{t} \rangle \langle \psi_{t}|$ とする. 
ここに, $\psi_t =\psi(\cdot , t ) \in H = L^2({\mathbb R}, dq)$は次の シュレーディンガー方程式を満たす. \begin{align} \begin{cases} 初期条件: \psi (\cdot , t_0 ) = \psi_{t_0} \\ \\ i \hbar \frac{\partial}{\partial t} \psi ( { q}, t ) = \Big[ \frac{- \hbar^2}{2m} \frac{\partial^2}{\partial q^2 } + V( {q}, t ) \Big] \psi ( { q}, t ) \end{cases} \tag{11.10} \end{align}





ここで, ポテンシャル$V(q,t)$は,以下のように定める. $t=t_0$では, \begin{align*} V(q, t_0)=V_0(q)=\begin{cases} 0 \qquad & (0 \le q \le 2 ) \\ \infty & (それ以外) \end{cases} \end{align*}で以下の通り:







次に, 箱$[0,2]$の中に仕切り板を置いて, 二つの箱 $[0,1]]$ と $[1,2]$ に分割する. これは, ポテンシャル $V(,t)$を $V_0 (q) $ から $V_1 (q) $ に変化させることと同じである. ここに,

\begin{align} V_1(q) = \left\{\begin{array}{ll} 0 \quad & (0 \le q < 1) \\ \infty \quad & ( q=1) \\ 0 \quad & (1 < q \le 2) \\ \infty & (\mbox{ otherwise }) \end{array}\right. \tag{11.11} \end{align}


次に,二つの箱$[0,1]$ と $[1,2]$を切り離して,$[1,2]$を遠く離れた$T$地点 (ニューヨーク) に持って行き,これを $[a,a+1]$とする. ここで, $|a|$はかなり大きいとする.





シュレーディンガー方程式(11.10) を解いて \begin{align*} \psi_1(\cdot , t_1) +\psi_2(\cdot , t_1) = U_{t_0,t_1}\psi_{t_0} \end{align*} と置く。 ここに、 $U_{t_0,t_1}: L^2({\mathbb R}_{t_1}) \to L^2({\mathbb R}_{t_0})$ はユニタリ作用素となる。 因果作用素 $\Phi_{t_0, t_1}: B(L^2({\mathbb R}_{t_2})) \to B(L^2({\mathbb R}_{t_1}))$ は次のように定まる: \begin{align*} \Phi_{t_0, t_1}(A) = U_{t_0,t_1}^* A U_{t_0,t_1} \qquad (\forall A \in B(L^2({\mathbb R}_{t_2}))) \end{align*} さて, $B(L^2({\mathbb R}, dq ))$内の観測量 ${\mathsf O}=(X=\{N,T,E\}, 2^X, F )$ を次のように定義する. \begin{align*} & [F(\{N\})](q) = \begin{cases} 1 \qquad & (q \in [0, 1] ) \\ 0 \qquad & (それ以外 ) \end{cases} \\ & [F(\{T\})](q) = \begin{cases} 1 \qquad & (q \in [a, a+1] ) \\ 0 \qquad & (それ以外 ) \end{cases} \\ & [F(\{ E \})](q) = 1 -[F(\{N\})](q) -[F(\{T\})](q) \end{align*}

結論11.6
ハイゼンベルグ描像で書けば
言語ルール1( 測定: $\S$2.7) によって、
$(A_1):$ 測定 $ {\mathsf M}_{B(L^2({\mathbb R}_{t_0}))} \Big( \Phi_{t_0,t_1}{\mathsf O}, S_{[|\psi_{t_0} \rangle \langle \psi_{t_0}|]} \Big) $ によって、 測定値 $ \left[\begin{array}{ll} N \\ T \\ E \end{array}\right] $ が得られる確率は、 次で与えられる。 \begin{align*} \left[\begin{array}{ll} \langle u_{t_0} , \Phi_{t_0. t_1} F(\{N\}) u_{t_0} \rangle= \int_0^1 |\psi_1(q , t_1)|^2 dq \\ \langle u_{t_0} , \Phi_{t_0. t_1} F(\{T\})u_{t_0} \rangle = \int_{a+1}^{a+2} |\psi_2(q , t_1)|^2 dq \\ \langle u_{t_0} , \Phi_{t_0. t_1} F(\{E \})u_{t_0} \rangle = 0 \end{array}\right] \end{align*}
また、 シュレーディンガー描像で書けば 言語ルール1( 測定: $\S$2.7) によって、
$(A_2):$ 測定 $ {\mathsf M}_{B(L^2({\mathbb R}_{t_0}))} \Big( {\mathsf O}, S_{[\Phi_{t_0,t_1}^*(|\psi_{t_0} \rangle \langle \psi_{t_0}|)]} \Big) $ によって、 測定値 $ \left[\begin{array}{ll} N \\ T \\ E \end{array}\right] $ が得られる確率は、 次で与えられる。 \begin{align*} \left[\begin{array}{ll} \mbox{Tr} \Big( \Phi_{t_0,t_1}^*(|\psi_{t_0} \rangle \langle \psi_{t_0}|) \cdot F(\{N\}) \Big) = \langle U_{t_0,t_1} \psi_{t_0} , F(\{N\}) U_{t_0,t_1} \psi_{t_0} \rangle = \int_0^1 |\psi_1(q , t_1)|^2 dq \\ \mbox{Tr} \Big( \Phi_{t_0,t_1}^*(|\psi_{t_0} \rangle \langle \psi_{t_0}|) \cdot F(\{T\}) \Big) = \langle U_{t_0,t_1} \psi_{t_0} , F(\{T\}) U_{t_0,t_1} \psi_{t_0} \rangle = \int_{a+1}^{a+2} |\psi_2(q , t_1)|^2 dq \\ \mbox{Tr} \Big( \Phi_{t_0,t_1}^*(|\psi_{t_0} \rangle \langle \psi_{t_0}|) \cdot F(\{E\}) \Big) = \langle U_{t_0,t_1} \psi_{t_0} , F(\{E\}) U_{t_0,t_1} \psi_{t_0} \rangle = 0 \end{array}\right] \end{align*}
ここで、当然のことであるが、 \begin{align*} \mbox{(A$_1$)=(A$_2$)} \end{align*} であることに注意せよ。

注意11.7 上で、 測定値"N" を得たと仮定しよう。 すなわち、 箱$[0,1]$内に電子を発見したとしよう。 このとき、 波動関数$\psi_2$ が消滅したと考えるかもしれない。 すなわち、





ここで、 $$ \psi'_1(q,t_1)= \frac{\psi_1(q,t_1)}{\| \psi'_1(\cdot ,t_1)\|} $$ これは、次のような"波動関数の収縮(=測定後の状態)" \begin{align} \psi_1(\cdot, t_1) + \psi_2(\cdot, t_1) \xrightarrow[\mbox{波動関数の収縮(=測定後の状態)}]{} \psi'_1(\cdot,t_1) \tag{11.12} \end{align} と呼ばれる「現象」である。 しかしながら、量子言語では、「状態は不変」のはずで、 したがって、 "波動関数の収縮(=測定後の状態)"は考えない。 この意味では、

$\bullet$ ハイゼンベルグ描像(A$_1$)だけに徹した方が間違えにくい

また、 ニューヨーク $\bigl[$resp. 東京$\bigl]$ を 地球 $\bigl[$resp. 北極星$\bigl]$ と考えてもよいわけで、

$\bullet$ 結論11.6(($A_1)$でも$(A_2)$でも)は、「光より速い何かが存在する」ことを示唆している
これは " ド・ブロイのパラドックス" と呼ばれる. これは正真正銘のパラドックスで、 量子言語でも解決できるわけではない。