本書で,順次説明することであるが, 測定理論(=量子言語)のカテゴリーは,次のように4つ($(A_1)$, $(A_2)$, $(B_1)$,$(B_2)$)に分類できる。

$$ \underset{(=\mbox{量子言語})}{\mbox{ {測定理論}}} \left\{\begin{array}{ll} \underset{\mbox{(A)}}{ \mbox{純粋系}} \left\{\begin{array}{ll} \!\! (A_1):\mbox{古典システム} : \mbox{ フィッシャー統計学} \\ \!\! (A_2):\mbox{ 量子システム} : \mbox{ 通常の量子力学 } \\ \end{array}\right. \\ \\ \underset{\mbox{(B)}} {\mbox{混合系}} \left\{\begin{array}{ll} \!\! (B_1):\mbox{ 古典システム} : \mbox{ベイズ統計学, カルマンフィルタ}\\ \!\! (B_2):\mbox{ 量子システム} : \mbox{量子デコヒーレンス } \\ \end{array}\right. \end{array}\right. $$ 本書では,
  • 我々の興味は主に(A)に集中する
(純粋系)量子言語 (A)は次の構造を持つ: \begin{align} & \underset{\mbox{ (=量子言語)}}{\fbox{純粋測定理論 (A)}} := \underbrace{ \underset{\mbox{ ($\S$2.7)}}{ \overset{ [\mbox{ (純粋) 言語ルール1}] }{\fbox{純粋測定}} } \quad + \quad \underset{\mbox{ ($\S$10.3)}}{ \overset{ [{\mbox{ 言語ルール2}}] }{\fbox{因果関係}} } }_{\mbox{ 一種の呪文 (アプリオリな総合判断)}} + \underbrace{ \underset{\mbox{ ($\S$3.1) }} { \overset{ {}}{\fbox{言語的解釈}} } }_{\mbox{ 呪文の使い方のマニュアル}} \tag{1.2} \end{align} 量子言語は言語であって、物理学ではない。したがって、上の言語ルール (i..e., 言語ルール1と2)は物理法則ではない。一種の呪文(お経, 形而上学的命題)であって、 実験検証することはできない。 すなわち,
  • 言語ルール1と2は万能の呪文(=お経)である.
量子言語の主張は、
  • お経(言語ルール1と2)を丸暗記して、 このお経の言葉遣いで諸現象を記述せよ!
である。 ここで,
言語ルール1 (測定) 純粋系 ( 「丸暗記」とは言っても。数学的定義は$\S$2.7で理解しなければならない)
あらゆるシステム$S$はある基本構造$[ {\mathcal A} \subseteq \overline{\mathcal A}]_{B(H)}$内で定式化できる. 基本構造$[ {\mathcal A} \subseteq \overline{\mathcal A}]_{B(H)}$内の$W^*$-測定 ${\mathsf M}_{\overline{\mathcal A}} \big({\mathsf O}{{=}} (X, {\cal F} , F), S_{[\rho] } \big)$ $\Big($ or, $C^*$-測定 ${\mathsf M}_{{\mathcal A}} \big({\mathsf O}{{=}} (X, {\cal F} , F), S_{[\rho] } \big)$ $\Big)$を考えよう。 このとき、 $W^*$-測定 ${\mathsf M}_{\overline{\mathcal A}} \bigl({\mathsf O} , S_{[\rho] } \bigl)$ $\Big($ or, $C^*$-測定 ${\mathsf M}_{{\mathcal A}} \big({\mathsf O}{{=}} (X, {\cal F} , F), S_{[\rho] } \big)$ $\Big)$によって得られる測定値$x$ $( \in X )$が $ \Xi $ $(\in {\cal F})$に属する確率は、次で与えられる: \begin{align} \rho( F(\Xi)) (\equiv _{{{\mathcal A}^*}}(\rho, F(\Xi) )_{\overline{\mathcal A}} ) \tag{1.3} \end{align}
さらに、
言語ルール 2 (因果関係) (「丸暗記」とは言っても。数学的定義は$\S$10.3で理解しなければならない)
$T$を木半順序集合とする。 各 $t (\in T)$に対して, 基本構造 $[{\mathcal A}_t \subseteq \overline{\mathcal A}_t]_{ B(H_t)}$を考える. このとき, 因果関係 の連鎖は 因果作用素列 $ \{ \Phi_{t_1,t_2}: $ ${\overline{\mathcal A}_{t_2}} \to {\overline{\mathcal A}_{t_1}} \}_{(t_1,t_2) \in T^2_{\leqq}}$ により表現される.
$\quad$ 「二つの言語ルール」を丸暗記したならば, あとは, 実戦である。
  • この呪文を試行錯誤しながら使い続ければよい.
最初は,意味不明に思うかもしれないが, そのうち上達して, 量子言語を使いこなせるようになる. つまり、
  • experience is best teacher,
または、
  • custom makes all things
である.
しかし、量子言語の上達を速めるためには、 「言語ルール1と2の使い方のマニュアル」があった方がよい。
言語的解釈 (詳細は第三章で述べる)
  • 「言語ルール1と2の使い方のマニュアル」 =量子力学の言語的解釈
である。




$\fbox{注釈1.3}$ 大抵の「世界記述に関わった哲学」が失敗した理由は,
$(\sharp_1):$ 「○○ (e.g.,測定, 確率, 因果関係, 時空, etc.)とは,何か?」を(日常言語で)真摯に答えようとしてしまった
ことである。 この問いかけ$(\sharp_1)$は一見魅力的であるが、 生産的ではない. 重要なことは、
$(\sharp_2):$ある 言語体系(=世界記述法) を提案して、その言語体系のなかで「($\sharp_1$)の言葉を如何に使うか?」である.
事実、右図1.1(in $\S$1.1)の中で成功した世界記述法(ニュートン、アインシュタイン等)は、$(\sharp_2)$に関わった。 たとえば、ニュートンは、
$(\sharp_3):$ ニュートン力学という言語体系 を提案して、その言語体系のなかで「時間、質量、加速度、力」という言葉の使い方を、 ニュートンの運動方程式というルールで示した. 「時間、質量、加速度、力」は何か? に答えたわけではない。

本書では、量子言語を提唱するわけで、
$(\sharp_4):$ 「測定」「確率, 「因果関係」,「時空」,「運動」等の言葉を, 量子言語の中で、 如何に使うか?
に答えることになる。 哲学分野では「$(\sharp_1)$は最大の未解決問題である」と言われているとしたら, これは, ($\sharp_4$)の意味で解決されたと考える.





$\fbox{注釈1.4}$ 形而上学 とは, 実験によって白黒がつけられない命題に関する学問のことである (形而下学は形而上学の対語). 絶対温度の単位$^\circ K$ で知られている ケルヴィン卿(1824年--1907年)の有名な言葉:
  • 数学はただ一つの良い形而上学である.

は非常に説得力を持つ言葉である. しかし,この講義の主張は,
$(\sharp):$量子言語は,(数学とは異なる)よい形而上学である

また,ケルヴィン卿は当然,「カント哲学(純粋理性批判は悪い形而上学」と考えたに違いない.
しかし,カント哲学の
  • ア・プリオリな総合判断
(すなわち, 実験検証できない にもかかわらず,すべての経験の対象に無条件にあてはまる 命題 ) を言語ルール1と2に対応させたくなる。 すなわち, \begin{align} \underset{\mbox{(カント哲学)}}{\fbox{アプリオリな総合判断}} \quad \xrightarrow[\mbox{数量化}]{} \quad \underset{\mbox{(量子言語)}}{\fbox{言語ルール1と2}} \end{align}
$\qquad$ と考えれば、カント哲学(純粋理性批判)もまんざらでもない。 と言うより、 $\S1.1$の右図で述べたように、
  • デカルト=カント哲学(二元論的観念論)の最終到達点(=唯一の科学的成功例)が量子言語
とか、
  • 哲学にも、物理学のような発展がある
と主張する。当然のことであるが、「数量化」しなければ科学的な成功はしない。