2.10.1: ド・ブロイのパラドックスの$B({\mathbb C}^2)$版
言語ルール1(測定: $\S$2.7)は,パラドックス(
超光速・非局所性・遠隔作用
等と呼ばれるパラドックス)を内蔵している.
以下にこれを説明する.
ただし、実質的には、前節のシュテルン=ゲルラッハの実験と同じである。
例 2.38[ド・ブロイのパラドックスの$B({\mathbb C}^2)$版]
$H$を2次元ヒルベルト空間,
すなわち,
$H={\mathbb C}^2$
とする.
ここで,
基本構造$[{\mathcal C}(H), B(H )]_{B(H )}$を
\begin{align*}
[{\mathcal C}(H ), B(H )]_{B(H)}
=
[B({\mathbb C}^2), B({\mathbb C}^2 )]_{B({\mathbb C}^2 )}
\end{align*}
と定める.
$f_1, f_2 \in H$
を
\begin{align*}
f_1
=
\left[\begin{array}{l}
1
\\
0
\end{array}\right]
\qquad
f_2
=
\left[\begin{array}{l}
0
\\
1
\end{array}\right]
\end{align*}
とする.
さて,
\begin{align*}
u=\frac{f_1 +f_2}{{\sqrt 2}}
\end{align*}
として,
状態
$\rho = |u \rangle \langle u |$
$(\in {\frak S}^p(B({\mathbb C}^2)))$
を固定する.
ユニタリ作用素$U (\in B({\mathbb C}^2 ))$を
\begin{align*}
U
=
\left[\begin{array}{ll}
1 & 0 \\
0 & e^{i\pi/2 }
\end{array}\right]
\quad
\end{align*}
として、
同型写像$\Phi: B({\mathbb C}^2) \to B({\mathbb C}^2) $
を以下のように定める。
\begin{align*}
\Phi(F) = U^* F U
\qquad
(\forall F \in B({\mathbb C}^2)
)
\end{align*}
ここで, $B({\mathbb C}^2 )$内の観測量
${\mathsf O}=(\{1,2\}, 2^{\{1,2\}}, F)$
を次のように定める.
\begin{align*}
&
F(\{1\}) = |f_1 \rangle \langle f_1 | ,
\quad F(\{ 2 \}) = |f_2 \rangle \langle f_2 |
\end{align*}
次の図2.11の状況を考えよう.
上図の気分を説明しよう. 状態$u=\frac{1}{\sqrt{2}}( f_1+f_2 )$ ( 正確には,状態 $|u \rangle \langle u |$ )を持つ光子(Photon)$P$がハーフミラー1に突入するとしよう.
$(A_1):$ | $u$の $f_1$部分はハーフミラー1を通過して経路1に沿って運動して, 光子カウンター$D_1$に向かう. |
$(A_2):$ | $f_2$はハーフミラー1で反射して,経路2に沿って運動して(通常は,位相が90度ずれるので$\sqrt{-1}$を掛けて$\sqrt{-1}f_2$とするが,これを気にすることはない),それから,光子カウンター$D_2$に向かう. |
$(B):$ | 測定 $ {\mathsf M}_{B({\mathbb C}^2)} (\Phi {\mathsf O}, S_{[\rho]} ) $ によって,$\left[\begin{array}{l} \mbox{測定値 }1 \\ \mbox{測定値 }2 \end{array}\right]$ が得られる確率は, \begin{align*} \left[\begin{array}{l} \mbox{Tr}(\rho \cdot \Phi F(\{1\}) ) \\ \mbox{Tr}(\rho \cdot \Phi F(\{2\}) ) \end{array}\right] = \left[\begin{array}{l} \langle u, \Phi F(\{1\})u \rangle \\ \langle u, \Phi F(\{2\}) u \rangle \end{array}\right] = \left[\begin{array}{l} \langle Uu, F(\{1\}) Uu \rangle \\ \langle Uu, F(\{2\}) U u \rangle \end{array}\right] = \left[\begin{array}{l} | \langle u, f_1 \rangle|^2 \\ | \langle u, f_2 \rangle|^2 \end{array}\right] = \left[\begin{array}{l} \frac{1}{2} \\ \frac{1}{2} \end{array}\right] \end{align*} で与えられる. |
結局,光子カウンター$D_1$と$D_2$のいずれか一方が,半々の確率で, カウントされることになる. つまり,(B)の状況の気分的説明としては,
$(C):$ | 粒子$P$がカウンター$D_1$で発見されたならば, この粒子がカウンター$D_2$で発見されては困るわけで, このことを 超光速 でカウンター$D_2$の波動関数$\frac{\sqrt{-1}}{\sqrt{2}}f_2$に伝えて,消去させた (逆に, 粒子$P$がカウンター$D_2$で発見されたならば,同様に, カウンター$D_1$の波動関数に伝えて,消去させた ) |
$\fbox{注釈2.8}$ | ド・ブロイのパラドックス (非局所性(光より速い何かがある)) は、 量子力学において頻出のパラドックス である。シュテルン=ゲルラッハの実験(例2.36)も「非局所性」 を示唆しているわけで、言語ルール1(測定: $\S$2.7)を使うときは必ず 「非局所性」に関わってくる。 量子言語の立場からは、 「量子力学における唯一のパラドックス」 であるとも言える。 これから本書ではいくつかのパラドックス (たとえば、「シュレーディンガーの猫」)を議論するが、 非局所性以外のパラドックスは、量子言語の立場からはそれなりに 理解できる。. |