3.3.1: 観測量は一つだけ (⇐ 測定は一回だけ )

本節では, 言語的解釈(3.1節) の「測定は一回だけ」 について説明する. 測定が一回だけならば,必然的に 状態は一つで,しかも,観測量(=測定器)も一つだけとなる. すなわち, \begin{align} \qquad \mbox{[測定は一回だけ]} \Longrightarrow \left\{\begin{array}{ll} \mbox{観測量(=測定器)は一つだけ} \\ \\ \mbox{状態は一つだけ} \end{array}\right. \tag{3.10} \end{align} を必然と考える
$\fbox{注釈3.3}$ 量子力学の標準解釈では 「測定は一回だけ($\S$3.1の言語的解釈(E$_4$))」 と著者は考える (いろいろな標準理論があって,「射影仮説」 を認める流儀もあるが).
$(\sharp_1)$ 測定すると,測定対象が擾乱されて( $\S$3.1のデカルト図式(測定のイメージ図)}参照), 状態が変わってしまって (しかも, この変化はシュレーディンガー方程式で記述できないので), 次に測定しても, 別の(意味不明な)状態を測定することになってしまう.
これが 「量子力学では,測定は一回だけ」 の一応の理由付けである. しかし, 量子言語という形而上学では理由付けなどなくて, 強いて言うならば,
$(\sharp_2)$ 「計算がドンドン進む」 とか 「確率論の基本定理(コルモゴロフの拡張定理)との整合性」とか
である。 言語的解釈が(物理学の)コペンハーゲン解釈に遺伝すると考える, すなわち,

$\quad$ not "$\fbox{コペンハーゲン解釈}\Longrightarrow \fbox{言語的解釈}$"


but "$\fbox{言語的解釈} \Longrightarrow\fbox{コペンハーゲン解釈}$"
と考える。 念を押すと、
  • 言語的解釈の方が(物理学の)コペンハーゲン解釈より根源的
である。
射影仮説(波動関数の収縮)を認める(物理学の)コペンハーゲン解釈は, 実在論的な方向を放棄して、認識論的になる. たとえば, つぎを考えよう: ある波動関数$\phi$の電子があって,
$(\flat_1)$ 観測者$A$はある観測量$T$の測定を行って測定値$x$を得たとしよう. そうならば, $T$の固有値$x$の固有ベクトル$\psi$へ波動関数が収縮したと思うだろう.
$(\flat_2)$ また, 観測者$B$は測定をしなかったとしよう. このときは, 当然, 波動関数は不変で元々の$\phi$と思うだろう.
したがって, 「波動関数は客観的ではなくて, 観測者の情報に依存する」 ことになる. もちろん, このようなことは射影仮説(波動関数の収縮)を認めるコペンハーゲン解釈の常識であり, それでも慎重に扱えばパラドックスが生じるわけではない. しかし, 本書の「観測量」はかなり一般的な設定になっていて, 射影仮説が使えるのはかなり特殊な例外的な場合である. よって, (言語論的)量子言語では, 「測定は一回だけ」で済ませる. 多分, これで困ることは起こらないと信じる. そうでないかもしれないが, その時はその時で考えるとして楽観的に進める.

3.3.1: 「観測量(測定器)は一つだけ」と同時測定

例2.31 (in $\S$2.7) と 例2.32 (in $\S$2.8) を念頭に置いて, たとえば,次のような「測定」を 考えよう:

$(a):$ ある一つのコップの中に,温度$\omega$℃の水(お湯)が入っていて, その水が「冷たいか?熱いか?」 と「約何十℃か」の両方を測定することを 考えたい. これは$\Omega = [0,100]$ として, 例2.31(in $\S$2.7) の 測定 ${\mathsf M}_{L^\infty ( \Omega )} ( {\mathsf O}_{冷熱} {{=}} (\{冷,熱\} , 2^{\{冷,熱\}}, F_{冷熱} ), S_{[\delta_\omega]} )$ と 例2.32(in $\S$2.8) の 測定 ${\mathsf M}_{L^\infty ( \Omega )}$ $ ({\mathsf O}_{約} $ $ {{=}} ({\mathbb N}_{10}^{100} ,$ $ 2^{{\mathbb N}_{10}^{100} }, G_{約} ),$ $ S_{[\delta_\omega]} ) $ の2つの測定を 行うことと等しい.

$\bullet$ $ \left\{\begin{array}{l} \mbox{ $(\sharp_1)$: ${\mathsf M}_{L^\infty ( \Omega )} ( {\mathsf O}_{{{{{c}}}}{{{{h}}}}} {{=}} (\{{{{{c}}}},{{{{h}}}}\} , 2^{\{{{{{c}}}},{{{{h}}}}\}}, F_{{{{{c}}}}{{{{h}}}}} ), S_{[\omega]} )$ in 例 2.31 } \\ \\ \mbox{ $(\sharp_2)$ : ${\mathsf M}_{L^\infty ( \Omega )}$ $ ({\mathsf O}^{\triangle} $ $ {{=}} ({\mathbb N}_{10}^{100} ,$ $ 2^{{\mathbb N}_{10}^{100} }, G_{約} ),$ $ S_{[\omega]} ) $ in 例 2.32 } \end{array}\right. $
しかしながら, 言語的解釈で述べたように,
  • "測定は一回だけ" $\Longrightarrow$"観測量は一つだけ"
なので、 次の問題を得る。
問題3.10 2つの測定 ${\mathsf M}_{{L^\infty (\Omega) }} ( {\mathsf O}_{冷熱} {{=}} (\{冷,熱\} , $ $2^{\{冷,熱\}}, F_{冷熱} ), S_{[\delta_\omega]} )$ と ${\mathsf M}_{{L^\infty (\Omega) }} ({\mathsf O}_{約} {{=}} ({\mathbb N}_{10}^{100} ,$ $ 2^{{\mathbb N}_{10}^{100} }, G_{約} ),$ $ S_{[\delta_\omega]} ) $ を一回で済ますにはどうすればいいか?
以下に,これを考える.

定義3.11[直積可測空間] 各 $k =1,2,\ldots,n$ に対して, 可測空間 $(X_k , $ ${\cal F}_k )$を 考える. $X_k$ $(k=1,2,\ldots,n )$ の 直積空間 ${{{\times}}}_{k=1}^n X_k$ を \begin{align*} {{{\times}}}_{k=1}^n X_k = \{ (x_1, x_2,\ldots, x_n ) \;|\; x_k \in X_k \;\; (k=1,2,\ldots,n )\} \end{align*} によって定める. 同様に, $\Xi_k ( \in {\cal F}_k )$ $(k=1,2,\ldots,n )$ の 直積 ${{{\times}}}_{k=1}^n \Xi_k$ を \begin{align*} {{{\times}}}_{k=1}^n \Xi_k = \{ (x_1, x_2,\ldots, x_n ) \;|\; x_k \in \Xi_k \;\; (k=1,2,\ldots,n )\} \end{align*} で定義する. 更に, 直積空間 ${{{\times}}}_{k=1}^n X_k$ 内の$\sigma$-集合体 $\boxtimes_{k=1}^n{\cal F}_k$ を

$\quad$$\boxtimes_{k=1}^n{\cal F}_k$ は, $\{ {{{\times}}}_{k=1}^n \Xi_k \;|\; \Xi_k \in {\cal F}_k \;\; (k=1,2,\ldots,n ) \}$ を含む最小の$\sigma$-集合体

と定めて,これを 直積集合体 と呼び, $({{{\times}}}_{k=1}^n X_k , \boxtimes_{k=1}^n{\cal F}_k)$ を 直積可測空間 と呼ぶ. $(X,{\cal F})=(X_k,{\cal F}_k)$ $(k=1,2,\ldots,n)$ のとき, 直積空間 ${{{\times}}}_{k=1}^n X_k$ を $X^n$ と記し, 直積可測空間 $({{{\times}}}_{k=1}^n X_k ,$ $ \boxtimes_{k=1}^n{\cal F}_k)$ を$(X^n,{\cal F}^n)$ と書く.

定義3.12 [同時観測量, 同時測定] 基本構造を$[{\mathcal A} \subseteq \overline{\mathcal A} \subseteq B(H)]$ として, 各 $k =1,2,\ldots,n$ に対して, 基本代数$\overline{\mathcal A}$ 内の 観測量${\mathsf O}_k$ $=$ $(X_k , $ ${\cal F}_k , $ $F_k{})$ 考える. $({{{\times}}}_{k=1}^n X_k , \boxtimes_{k=1}^n{\cal F}_k)$ を直積可測空間とする. さて, $\overline{\mathcal A}$ 内の観測量 $\widehat{\mathsf O}$ $=$ $({{{\times}}}_{k\in K } X_k ,$ $ \boxtimes_{k=1}^n{\cal F}_k , $ $\widehat{F}{})$ は次を満たすとする: \begin{align} {\widehat F}(\Xi_1 \times \Xi_2 \times \cdots \times \Xi_{n}{}) & = F_1 (\Xi_1{}) \cdot F_2 (\Xi_2{}) \cdots F_n (\Xi_{n}{}) \nonumber \\ & ( \forall \Xi_k \in {\cal F}_k \; (k=1,2,\ldots,n )) \label{eq3.11} \end{align} このとき, この観測量 $\widehat{\mathsf O}$ $=$ $({{{\times}}}_{k=1}^n X_k , \boxtimes_{k=1}^n{\cal F}_k , \widehat{F}{})$ を, $\{{\mathsf O}_k\}_{k=1}^n$ の 同時観測量 と呼ぶ. $\widehat{\mathsf O}$ $=$ $ {{{\times}}}_{k=1}^n{\mathsf O}_k$, $\widehat{F}$ $=$ $ {{{\times}}}_{k=1}^n{F}_k$ とも記す.

また, 同時観測量$ {{{\times}}}_{k=1}^n{\mathsf O}_k$ の測定, すなわち, ${\mathsf M}_{\overline{\mathcal A}} ({{{\times}}}_{k=1}^n{\mathsf O}_k, S_{[\rho]})$ を 同時測定 と呼ぶ. もちろん、

  • 同時観測量 ${{{\times}}}_{k=1}^n {\mathsf O}_k$の存在は一般には保証されていない.

しかし, $\overline{\mathcal A}$が可換$W^*$代数ならば (すなわち, $\overline{\mathcal A}=L^\infty (\Omega)$ならば ), 存在する.


以下に, 「同時測定」の意味を説明する.
状態$\rho (\in {\frak S}^p({\mathcal A}^*))$をもつ測定対象に対して, 測定 ${\mathsf M}_{\overline{\mathcal A}}({\mathsf O}_1,$ $ S_{[\rho]})$ と 測定 ${\mathsf M}_{\overline{\mathcal A}}({\mathsf O}_2, S_{[\rho ]})$ の2つの測定を行いたい. すなわち, 下図の状況をイメージすればよい.

しかしながら,言語的解釈(3.1節(E$_4$)) により, 2つの測定 ${\mathsf M}_{\overline{\mathcal A}}({\mathsf O}_1,$ $ S_{[\rho]})$ と ${\mathsf M}_{\overline{\mathcal A}}({\mathsf O}_2, S_{[\rho ]})$ を行うことは禁じられているので, \begin{align*} \large{\textcolor{red}{\mbox{この(b)は,不可能}}} \end{align*}

そうならば,

もし2つの観測量${\mathsf O}_1$と${\mathsf O}_2$を 合体させた 同時観測量${\mathsf O}_1\times {\mathsf O}_2$ が存在するならば,同時測定 ${\mathsf M}_{\overline{\mathcal A}} ( {\mathsf O}_1 \times {\mathsf O}_2, S_{[\rho]})$ を 行えばよいと考える. これを図示すると

$(c):$ $ \overset{{}}{\underset{ \rho (\in {\frak S}^p({\mathcal A}^*) ) } {{ \fbox{state(=状態)}}}} \xrightarrow[]{\qquad \qquad} \overset{{}} { \underset{ {\mathsf O}_1 \times {\mathsf O}_2} {{ \fbox{同時観測量 }}} } \xrightarrow[ {\mathsf M}_{\overline{\mathcal A}} ( {\mathsf O}_1 \times {\mathsf O}_2, S_{[\rho]})]{} \overset{{}} { \underset{ (x_1,x_2) (\in X_1 \times X_2 )} {{ \fbox{測定値 }}} } $
\begin{align} \mbox{ もし${\mathsf O}_1 \times {\mathsf O}_2$が存在すれば、 (c)は実現可能 } \end{align}

解答 3.13 [問題3.10の解答] 閉区間$\Omega = [0,100]$ を状態空間とする. ここで, ${\mathcal A}$内の2つの観測量, すなわち, 例2.31の 冷熱-観測量 ${\mathsf O}_{冷熱}= (X {{=}} \{ 冷 , 熱 \}, 2^X, F_{冷熱} )$ と 例2.32の 約-観測量 ${\mathsf O}_{約}= (Y( {{=}} {\mathbb N}_{10}^{100}) , 2^Y, G_{約} )$ を考える. この同時観測量 ${\mathsf O}_{冷熱} \times {\mathsf O}_{約}$ $=$ $(\{ 冷 , 熱 \}\times {\mathbb N}_{10}^{100}, 2^{\{ 冷 , 熱 \}\times {\mathbb N}_{10}^{100}}, F_{冷熱} \times G_{約} )$ を定めて, 同時測定 ${\mathsf M}_{{L^\infty (\Omega) }}({\mathsf O}_{冷熱} \times {\mathsf O}_{約}, S_{[\delta_\omega]})$ を得る. たとえば, $\omega=55$℃として,次を得る.

$(d):$同時測定 ${\mathsf M}_{\overline{\mathcal A}}({\mathsf O}_{冷熱} \times {\mathsf O}_{約}, S_{[\delta_{55}]})$ により, \begin{align} & \text{測定値} \left[\begin{array}{c} (\text{冷}, \text{約50℃}) \\ (\text{冷}, \text{約60℃}) \\ (\text{熱}, \text{約50℃}) \\ (\text{熱}, \text{約60℃}) \end{array}\right] \text{を得る確率は} \left[\begin{array}{ll} 0.125 \\ 0.125 \\ 0.375 \\ 0.375 \end{array}\right] である \\ & \tag{3.12} \end{align}
なぜならば, \begin{align*} & [(F_{冷熱} \times G_{約})( \{ (\text{冷}, \text{約50℃} ) \} )] (55) \\ = & [F_{冷熱}(\{ \text{冷} \} )](55) \cdot [G_{約}(\{ \text{約50℃}\})](55) =0.25 \cdot 0.5=0.125 \end{align*} であり, 同様に, \begin{align*} & [(F_{冷熱} \times G_{約})( \{ (\text{冷}, \text{約60℃} ) \} )] (55) =0.25 \cdot 0.5=0.125 \\ & [(F_{冷熱} \times G_{約})( \{ (\text{熱}, \text{約50℃} ) \} )] (55) =0.75 \cdot 0.5=0.375 \\ & [(F_{冷熱} \times G_{約})( \{ (\text{熱}, \text{約60℃} ) \} )] (55) =0.75 \cdot 0.5=0.375 \end{align*} だからである.
$\fbox{注釈3.4}$ 上記の議論は, 古典測定理論ならばいつも可能であるが,一般性は期待できない. 量子測定理論では, 2つの観測量を合わせて一つで済ますことができない 場合 (すなわち, 同時観測量${\mathsf O}_1\times {\mathsf O}_2$ が存在しない場合 )が頻繁に起こる,  次にその例をしめす. (4.3節のハイゼンベルグの不確定性原理参照).

例 3.14[量子スピンの同時測定の非存在] 電子$P$のスピン状態は$\rho=|u \rangle \langle u|$ $\in$ ${\frak S}^p(B({\mathbb C}^2))$は, \begin{align*} u= \left[\begin{array}{ll} \alpha_1 \\ \alpha_2 \end{array}\right] \quad (\mbox{ここに, }|u|= (|\alpha_1|^2+ |\alpha_2|^2)^{1/2}=1) \end{align*} と表現できた. 電子$P$の$z$-軸方向のスピン観測量の測定 ${\mathsf M_{B({\mathbb C}^2)}}({\mathsf O}_z =(X,2^X, F^z ), S_{[\rho]})$を考える. ここに, ${\mathsf O}_z =(X,2^X, F^z )$ は次のように定まる: \begin{align*} F^z( \{ \uparrow \}) = \left[\begin{array}{ll} 1 & 0 \\ 0 & 0 \end{array}\right] , \quad F^z( \{ \downarrow \}) = \left[\begin{array}{ll} 0 & 0 \\ 0 & 1 \end{array}\right] \end{align*} さらに, 電子$P$の$x$-軸方向のスピン観測量の測定 ${\mathsf M_{B({\mathbb C}^2)}}({\mathsf O}_x =(X,2^X, F^x ), S_{[\rho]})$を考える. ここに, 「電子の$x$-軸方向のスピン」の観測量 ${\mathsf O}_x =(X,2^X, F^x )$ は次のように定まる: \begin{align*} F^x( \{ \uparrow \}) = \left[\begin{array}{ll} 1/2 & 1/2 \\ 1/2 & 1/2 \end{array}\right] , \quad F^x( \{ \downarrow \}) = \left[\begin{array}{ll} 1/2 & -1/2 \\ -1/2 & 1/2 \end{array}\right] \end{align*} さて, 問題は次である.

$(a):$ 二つの測定 ${\mathsf M_{B({\mathbb C}^2)}}({\mathsf O}_z =(X,2^X, F^z ), S_{[\rho ]})$ と ${\mathsf M_{B({\mathbb C}^2)}}({\mathsf O}_x =(X,2^X, F^x ), S_{[\rho ]})$とを同時に行えるか?

実は, これは不可能である. なぜならば, 二つの観測量${\mathsf O}_z$と${\mathsf O}_x$が非可換だからである. たとえば,

\begin{align*} F^z( \{ \uparrow \})F^x( \{ \uparrow \}) = \left[\begin{array}{ll} 1 & 0 \\ 0 & 0 \end{array}\right] \cdot \left[\begin{array}{ll} 1/2 & 1/2 \\ 1/2 & 1/2 \end{array}\right] = \left[\begin{array}{ll} 1/2 & 1/2 \\ 0 & 0 \end{array}\right] \end{align*} \begin{align*} F^x( \{ \uparrow \})F^z( \{ \uparrow \}) = \left[\begin{array}{ll} 1/2 & 1/2 \\ 1/2 & 1/2 \end{array}\right] \cdot \left[\begin{array}{ll} 1 & 0 \\ 0 & 0 \end{array}\right] = \left[\begin{array}{ll} 1/2 & 0 \\ 1/2 & 0 \end{array}\right] \end{align*} となって, \begin{align*} F^x( \{ \uparrow \})F^z( \{ \uparrow \}) \not= F^z( \{ \uparrow \})F^x( \{ \uparrow \}) \end{align*} だからである.

電子$P$のスピン状態は$\rho=|u \rangle \langle u|$ $\in$ ${\frak S}^p(B({\mathbb C}^2))$は,

\begin{align} u= \left[\begin{array}{l} \alpha_1 \\ \alpha_2 \end{array}\right] \quad (\mbox{where, }|u|= (|\alpha_1|^2+ |\alpha_2|^2)^{1/2}=1) \end{align}

と表現できた. 電子$P$の$z$-軸方向のスピン観測量の測定 ${\mathsf M_{B({\mathbb C}^2)}}({\mathsf O}_z =(X,2^X, F^z ), S_{[\rho]})$を考える. ここに, ${\mathsf O}_z =(X,2^X, F^z )$ は次のように定まる:

\begin{align} F^z( \{ \uparrow \}) = \left[\begin{array}{ll} 1 & 0 \\ 0 & 0 \end{array}\right] , \quad F^z( \{ \downarrow \}) = \left[\begin{array}{ll} 0 & 0 \\ 0 & 1 \end{array}\right] \end{align}

さらに, 電子$P$の$x$-軸方向のスピン観測量の測定 ${\mathsf M_{B({\mathbb C}^2)}}({\mathsf O}_x =(X,2^X, F^x ), S_{[\rho]})$を考える. ここに, 「電子の$x$-軸方向のスピン」の観測量 ${\mathsf O}_x =(X,2^X, F^x )$ は次のように定まる:

\begin{align} F^x( \{ \uparrow \}) = \left[\begin{array}{ll} 1/2 & 1/2 \\ 1/2 & 1/2 \end{array}\right] , \quad F^x( \{ \downarrow \}) = \left[\begin{array}{ll} 1/2 & -1/2 \\ -1/2 & 1/2 \end{array}\right] \end{align}

測定 ${\mathsf M_{B({\mathbb C}^2)}}({\mathsf O}_x =(X,2^X, F^x ), S_{[\rho]})$を得る。
さて, 問題は次である.

$(a):$二つの測定 ${\mathsf M_{B({\mathbb C}^2)}}({\mathsf O}_z =(X,2^X, F^z ), S_{[\rho ]})$ と ${\mathsf M_{B({\mathbb C}^2)}}({\mathsf O}_x =(X,2^X, F^x ), S_{[\rho ]})$とを同時に行えるか?

実は, これは不可能である. なぜならば, 二つの観測量${\mathsf O}_z$と${\mathsf O}_x$が非可換だからである. たとえば,

\begin{align} F^z( \{ \uparrow \})F^x( \{ \uparrow \}) = \left[\begin{array}{lL} 1 & 0 \\ 0 & 0 \end{array}\right] \cdot \left[\begin{array}{ll} 1/2 & 1/2 \\ 1/2 & 1/2 \end{array}\right] = \left[\begin{array}{ll} 1/2 & 1/2 \\ 0 & 0 \end{array}\right] \end{align} \begin{align} F^x( \{ \uparrow \})F^z( \{ \uparrow \}) = \left[\begin{array}{ll} 1/2 & 1/2 \\ 1/2 & 1/2 \end{array}\right] \cdot \left[\begin{array}{ll} 1 & 0 \\ 0 & 0 \end{array}\right] = \left[\begin{array}{ll} 1/2 & 0 \\ 1/2 & 0 \end{array}\right] \end{align} となって, \begin{align} F^x( \{ \uparrow \})F^z( \{ \uparrow \}) \not= F^z( \{ \uparrow \})F^x( \{ \uparrow \}) \end{align} だからである. 次の定理は自明と思うが,念の為に証明も付けておく.

定理 3.15 [精密測定とシステム量] $L^\infty(\Omega,\nu)$ 内の精密観測量 ${\mathsf O}^{(e)}_0=(X,{\cal F}, F^{\rm (exa)})$, すなわち, $(X,{\cal F}, F^{\rm (exa)})=(\Omega,{\cal B}_{\Omega}, \chi )$ を考える. また, システム量${\widetilde g}:\Omega \to {\mathbb R}$ の観測量表示を ${\mathsf O}_1=({\mathbb R},{\cal B}_{\mathbb R}, G)$ とする. 同時観測量 ${\mathsf O}^{(e)}_0 {{{\times}}} {\mathsf O}_1 $ の測定 ${\mathsf M}_{L^\infty (\Omega, \nu)}( {\mathsf O}^{(e)}_0{{{\times}}} {\mathsf O}_1 , S_{[\delta_\omega]} )$を考え, その測定値を $(x,y)$ $(\in X \times {\mathbb R})$とする. このとき, 確率$1$で, $x=\omega$ かつ $y= {\widetilde g}(\omega)$ が成立する.

証明

$\omega (\in \Omega {{=}} X )$ を含む任意の開集合を $D_0 (\in {\cal B}_{\Omega} )$とする. また, ${\widetilde g}(\omega)$ を含む任意の開集合を$D_1 (\in {\cal B}_{\mathbb R})$ とする. ${\mathsf M}_{L^\infty (\Omega, \nu)}( {\mathsf O}^{(e)}_0 {{{\times}}} {\mathsf O}_1 , S_{[\delta_\omega]} )$ の測定値$(x,y)$が$D_0 \times D_1$ に含まれる確率は, $\chi_{_{D_0}}(\omega) \cdot \chi_{_{{\widetilde g}^{-1}(D_1)}} (\omega )=1$. よって, $D_0$と$D_1$ の任意性より,確率$1$で, $x=\omega$ かつ $y={\widetilde g}(\omega)$ を得る.

$\square \quad$