5.6: 二つの封筒問題; 非ベイジアン的方法
本節は,次の文献からの抜粋:
$\bullet$
S. Ishikawa;
The two envelopes paradox in non-Bayesian and Bayesian statistics
arXiv:1408.4916v4 [stat.OT] 2014
ベイズの定理による「二つの封筒問題」へのアプローチは,学部レベルの難しさがあり,それなりにストーリーがあって考えやすい
(cf 第9章).しかし,ベイズの定理を使わない方法は,簡単すぎて,とっかかりが無くてむしろ間違いやすい. 高校レベルであるが、以下にこれについて述べる.
フィッシャーの最尤法を「二つの封筒問題」に間違って適用する大学院生が稀にいるので、高校レベルと言ってもあなどれない。
モンティホール、三囚人、二つの封筒問題については、Koara 2018 コペンハーゲン解釈; 量子哲学(大学院講義ノート; Webバージョン 453 pp.)(download free)に遊び気分で詳しく書いた。
次が有名な"二つの封筒問題"である.
$(a):$ | $\qquad \frac{V_1}{V_2}=1/2$ または, $\frac{V_1}{V_2}=2$ |
交換写像$\overline{x}: \{V_1, V_2 \} \to \{V_1, V_2\} $を \begin{align*} \overline{x} = \begin{cases} V_2,\;\; (\mbox{ if } x=V_1), \\ V_1 \;\; (\mbox{ if } x=V_2) \end{cases} \end{align*} で定める.
$(b):$ | あなたは無作為に(公正なコイン投げによって)一方の封筒を 選んだとしよう. |
- しかし,これはおかしい.
5.6.2 解答: 二つの封筒問題
古典系の基本構造 \begin{align} { [ C_0(\Omega ) \subseteq L^\infty ( \Omega , \nu ) \subseteq B(L^2 ( \Omega , \nu ) ) ] } \end{align} を考えよう。
$X=\overline{\mathbb R}_+ =\{ x \;|\;\mbox{$x$は非負実数}
\}$と定める.
二つの連続写像$V_1: \Omega \to \overline{\mathbb R}_+$と$V_2: \Omega \to \overline{\mathbb R}_+$を考える.
ここで,たとえば,
\begin{align*}
V_2(\omega)=2V_1(\omega) \mbox{ または,}\;\;
2V_2(\omega)=V_1(\omega)
\quad
(\forall \omega \in \Omega )
\end{align*}
としてもよいが,そう仮定しなくてもよい.
各$k=1,2$に対して,
$L^\infty (\Omega, \nu )$内の
観測量
${\mathsf O}_k=(X(=\overline{\mathbb R}_+), {\mathcal F}(={\mathcal B}_{\overline{\mathbb R}_+}:\mbox{the Borel field}), F_k )$
を次のように定める
\begin{align*}
&
\qquad
[F_k(\Xi )](\omega )=
\begin{cases}
1
\qquad & (\mbox{ if } V_k(\omega) \in \Xi)
\\
0
\qquad & (\mbox{ if } V_k(\omega) \notin \Xi)
\end{cases}
\\
&
(\forall \omega \in \Omega, \forall \Xi \in
{\mathcal F}
={\mathcal B}_{\overline{\mathbb R}_+}
\mbox{
i.e.,
the Bore field in $X(=\overline{\mathbb R}_+)$
}
)
\end{align*}
さらに,
$L^\infty (\Omega ,\nu)$内の
観測量
${\mathsf O}=(X, {\mathcal F}, F )$
を以下のように定める.
\begin{align}
F(\Xi)=\frac{1}{2} \Big( F_1(\Xi)+F_2(\Xi) \Big)
\quad
(\forall \Xi \in {\mathcal F})
\tag{5.23}
\end{align}
すなわち,
\begin{align*}
&
\qquad
[F(\Xi )](\omega )=
\begin{cases}
1
\qquad & (\mbox{ if } V_1(\omega) \in \Xi, \;\; V_2(\omega) \in \Xi)
\\
1/2
\qquad & (\mbox{ if } V_1(\omega) \in \Xi, \;\; V_2(\omega) \notin \Xi)
\\
1/2
\qquad & (\mbox{ if } V_1(\omega) \notin \Xi, \;\; V_2(\omega) \in \Xi)
\\
0\qquad & (\mbox{ if } V_1(\omega) \notin \Xi, \;\; V_2 (\omega) \notin \Xi)
\end{cases}
\\
&
(\forall \omega \in \Omega, \forall \Xi \in
{\mathcal F}={\mathcal B}_X
\mbox{
i.e.,
$\Xi$
は
$X(=\overline{\mathbb R}_+)$のボレル部分集合
}
)
\end{align*}
任意の状態$\omega (\in \Omega )$を未知として,固定する.
測定
${\mathsf M}_{L^\infty(\Omega, \nu )} ({\mathsf O}=(X, {\mathcal F} , F ),
S_{[\omega]})$を考える.
言語ルール1(測定:$\S$2.7)
から,次が言える.
$(A_1):$ | あなたは,測定 ${\mathsf M}_{L^\infty(\Omega, \nu )} ({\mathsf O}=(X, {\mathcal F} , F ), S_{[\omega_0]})$ によって測定値 $ \left\{\begin{array}{ll} V_1(\omega) \\ V_2(\omega) \end{array}\right\} $ が得られたとする. もちろん,その確率は $ \left\{\begin{array}{ll} 1/2 \\ 1/2 \end{array}\right\} $ である. |
注意5.17問題5.16の条件(a)は不要だった。 この条件は、問題5.16の本質を見誤らせる役割をしている。
5.6.3 別解: 二つの封筒問題5.16
次節($\S$ 5.6.4)の準備のために, 状態空間$\Omega$を$\Omega=\overline{\mathbb R}_+$として, ルベーグ測度$\nu$を仮定する. 古典基本構造 \begin{align*} [ C_0(\Omega ) \subseteq L^\infty ( \Omega , \nu ) \subseteq B(L^2 ( \Omega , \nu ) ) ] \end{align*} を考える.また, $\widehat{\Omega}=\{ (\omega, 2 \omega ) \;| \; \omega \in \overline{\mathbb R}_+ \}$とおいて, \begin{align} \Omega \ni \omega \underset{(同一視)}{\longleftrightarrow} (\omega, 2 \omega ) \in \widehat{\Omega} \tag{5.24} \end{align} を考える. また, $V_1:\Omega (\equiv \overline{\mathbb R}_+) \to X(\equiv \overline{\mathbb R}_+)$と $V_2:\Omega (\equiv \overline{\mathbb R}_+) \to X(\equiv \overline{\mathbb R}_+)$を以下のようにさだめる. \begin{align*} V_1(\omega ) =\omega , \quad V_2(\omega ) = 2 \omega \qquad (\forall \omega \in \Omega) \end{align*} $L^\infty (\Omega, \nu )$内の 観測量 ${\mathsf O}=(X(=\overline{\mathbb R}_+), {\mathcal F}(={\mathcal B}_{\overline{\mathbb R}_+}:\mbox{ the Borel field}), F )$ を以下のように定める. \begin{align*} & \qquad [F(\Xi )](\omega )= \begin{cases} 1 \qquad & (\mbox{ if } \omega \in \Xi, \;\; 2 \omega \in \Xi) \\ 1/2 \qquad & (\mbox{ if } \omega \in \Xi, \;\; 2 \omega \notin \Xi) \\ 1/2 \qquad & (\mbox{ if } \omega \notin \Xi, \;\; 2 \omega \in \Xi) \\ 0 \qquad & (\mbox{ if } \omega \notin \Xi, \;\; 2 \omega \notin \Xi) \end{cases} \qquad (\forall \omega \in \Omega, \forall \Xi \in {\mathcal F} ) \end{align*} 未知の状態$\omega (\in \Omega )$ を固定して, 測定 ${\mathsf M}_{L^\infty (\Omega, \nu )} ({\mathsf O}=(X, {\mathcal F}, F ), S_{[\omega]})$ を考えよう. 言語ルール1(測定:$\S$2.7) によれば,
$(A_2):$ | ${\mathsf M}_{L^\infty (\Omega, \nu )} ({\mathsf O}=(X, {\mathcal F}, F ), S_{\omega]})$ によって, 測定値 $x (\in X)$, すなわち, $ \left\{\begin{array}{ll} x=\omega \\ x=2 \omega \end{array}\right\} $ を得る確率は, $ \left\{\begin{array}{ll} 1/2 \\ 1/2 \end{array}\right\} $ である. |
注意5.18$\S$5.6.2 と $\S$5.6.3 の解答では、 フィッシャーの最尤法が役立たない。 このことを次節で述べる。
5.6.4: 問題5.16(二つの封筒問題)とフィッシャーの最尤法
さて,測定${\mathsf M}_{L^\infty(\Omega, \nu )} ({\mathsf O}=(X, {\mathcal F}, F ), S_{[\ast]})$によって, 測定値$\alpha$が得られたとしよう. このとき,次の尤度関数を計算しておく.
\begin{align*} f(\alpha, \omega) \equiv \inf_{\omega_1 \in \Omega } \Big[\lim_{\Xi \to \{ x \}, [{F}(\Xi )](\omega_1) \not= 0} \frac{[{F}(\Xi )](\omega)}{ [{F}(\Xi )](\omega_1) } \Big] = \begin{cases} 1 \quad & (\omega = \alpha/2 \mbox{ or }\alpha ) \\ 0 & \mbox{( elsewhere )} \end{cases} \end{align*}したがって,フィッシャーの最尤法によって,
$(B_1):$ |
未知状態$[\ast]$は,
$\alpha/2$ または $\alpha$
である.
$\Big($ もし$[\ast]=\alpha/2$ [resp. $[\ast]=\alpha$ ]ならば, 変更による利得は$(\alpha/2-\alpha)$ [resp. $(2\alpha-\alpha)$]となる $\Big)$. |
$(B_2):$ | $ \begin{cases} \mbox{"$[\ast]=\alpha/2$である確率"=1/2 } \\ \mbox{"$[\ast]=\alpha$である確率"=1/2} \\ \mbox{"$[\ast]$がそれ以外の確率"=0} \end{cases} $ |
要するに、
$(C):$ | 状態空間を明示して,議論すれば,間違いようがない |
注意5.19$\quad$(i):問題5.16(二つの封筒問題)において、
- 仮定(b)は必要不可欠
である。これがないと、観測量 ${\mathsf O}=(X, {\mathcal F}, F )$を(5.23)式で定義することができなくなってしまう。 したがって、仮定(b)がない場合は、「答えがない問題」になってしまう。 ただし、「等確率の原理」, すなわち、
$(\sharp):$ | 今選択すべきな状況が$n$個あるとして、どの状況も他の状況と比べて 選択すべき理由が対称的なとき、それぞれの状況を$1/n$の確率で選択とする習慣のことを 「等確率の原理」と言う。 |
このような、情報が対称的な場合は
公平なコイン投げで決めるという立場を前提にするという立場では、仮定(b)が記載されていなくても、
「等重率に基づいて、観測量${\mathsf O}=(X, {\mathcal F}, F )$が定義できる」という議論が可能である。
本書では、三つの等確率の原理を議論する:
$\qquad$ |
|
- 二つの封筒問題は難しい
本書で著者はいくつもの未解決問題を解決しているが ($\S$19.2参照), 二つの封筒問題は最も勘違いしやすい問題の一つと思っている。
(ii): 二つの封筒問題5.16の「ベイズ統計による解答」は, 第9章で述べる.
$\fbox{注釈5.5}$ |
読者は次のように考えるかもしれない。
たとえば、 運動は相対的なのだから、 "地動説(Helicocentrism) vs. 天動説(Geocentric model)" はどちらとも言えないわけだが、すくなくとも、 次が言える:
式(5.26) は、コペルニクス的転回(5.25)の象徴的な一つの事件に過ぎない。 したがって、 ($\sharp_2$)の問いかけは重要と思う。 本書の唯一の主張は、 図1.1( in $\S$1.1) の「量子言語」なのだから、 量子言語に基づく $\S$5.6.2の解答を主張したい。 問いかけ($\sharp_2$)は、第14章[ゼノンのパラドック]でも重要になる。 |