定理9.18(等重率)は,

$\bullet$ 状態空間が有限ならば,ランダム(=無作為)が意味を持つ
と主張していると思うかもしれない.しかし,定理9.18(等重率)内でも断ったように, このランダムの意味は,
  • (問題9.17の$(\sharp)$( in $\S$9.7)の意味では)
すなわち、
  • 「フェアなサイコロ投げと見なして」という意味で
である. 「意味づけ無し」の「無条件なランダム」などは無い.このことは,「ベルトランのパラドックス」として知られている. 以下にこれを説明しよう.


9.12.1: ベルトランのパラドックス(「ランダム」は見方次第)
さて、 ベルトランのパラドックスを復習しよう。
問題9.27(ベルトランのパラドックス)

半径$1$の円がある。 この円から、「無作為」に一つの弦$\ell$を選ぼう。 このとき、その弦の長さが$\sqrt{3}$以下である確率を求めよ。

回転写像 $T_{\mbox{rot}}^\theta : {\mathbb R}^2 \to {\mathbb R}^2$ $(- \pi \le \theta \le \pi)$ と 裏返し写像 $T^\theta_{\mbox{rev}} : {\mathbb R}^2 \to {\mathbb R}^2$ を以下のように定める。 \begin{align*} & T_{\mbox{rot}}^\theta \left[\begin{array}{ll} x_1 \\ x_2 \end{array}\right] = \left[\begin{array}{ll} \cos \theta & - \sin \theta \\ \sin \theta & \cos \theta \end{array}\right] \cdot \left[\begin{array}{ll} x_1 \\ x_2 \end{array}\right] , \quad T^\theta_{\mbox{rev}} \left[\begin{array}{ll} x_1 \\ x_2 \end{array}\right] = T_{\mbox{rot}}^\theta \left[\begin{array}{ll} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{array}\right] T_{\mbox{rot}}^{-\theta} \left[\begin{array}{ll} x_1 \\ x_2 \end{array}\right] \end{align*}

問題9.28 (ベルトランのパラドックスとその解答)
半径$1$の円が、以下のように与えられている。


$\Omega$ $=\{l \;|\; l \mbox{ は弦} \}$, すなわち, 弦全体の集合 として、次を考える。
$(A):$ $\Omega$上の確率測度で、不変な(すなわち、 回転写像 $T_{\mbox{rot}}^\theta : {\mathbb R}^2 \to {\mathbb R}^2$ $(- \pi \le \theta \le \pi)$ と 裏返し写像 $T^\theta_{\mbox{rev}} : {\mathbb R}^2 \to {\mathbb R}^2$ に関して、不変な ) 測度は 一意に 存在するか?


[第一の解答 (Pic.$1$(in Figure 9.10))]

Pic.$1$において, 弦$\ell$の座標表示を 長方形$\Omega_1$ $\equiv$ $\{ ({}\alpha, \beta{}) \; | \; 0 < \alpha \le 2 \pi, \; 0 < \beta \le \pi/2 \text{(radian)}\}$ 内の点 $({}\alpha, \beta{}) $ で表す。 すなわち、次の同一視を考える。

\begin{align*} \Omega ( = \mbox{弦全体の集合}) \ni \ell_{({}\alpha, \beta{})} \underset{\mbox{ 同一視}}{\longleftrightarrow} ({}\alpha , \beta{}) \in \Omega_1 ( \subset {\mathbb R}^2 ). \end{align*}

したがって、 自然な確率測度 $\nu_1$ $( \in {\mathcal M}_{+1}(\Omega_1))$を 次のように定めることができる:

\begin{align*} \nu_1 ({}A{}) = \frac{ \text{Meas}[{}A]}{\text{Meas}[{}\Omega_1{}] } = \frac{ \text{Meas} [{}A]}{ \pi^2 } \quad ({}\forall A \in {\cal B}_{\Omega_1}{}) \end{align*}

ここに、 "Meas" はルベーグ測度. 確率測度 $\nu_1$ $( \in {\mathcal M}_{+1}(\Omega_1))$を $\Omega$へ移して, 確率測度 $\rho_1$ $( \in {\mathcal M}_{+1}(\Omega_1))$ を定める. すなわち,

\begin{align*} {\mathcal M}_{+1} (\Omega ) \ni \rho_1 \underset{\mbox{ 同一視}}{\longleftrightarrow} \nu_1 \in {\mathcal M}_{+1} (\Omega_1 ) \end{align*}

ここで、

$(\sharp):$ 確率測度$\rho_1 (\in {\mathcal M}_{+1}(\Omega ))$ は、不変な(すなわち、 回転写像 $T_{\mbox{rot}}^\theta : {\mathbb R}^2 \to {\mathbb R}^2$ $(- \pi \le \theta \le \pi)$ と 裏返し写像 $T^\theta_{\mbox{rev}} : {\mathbb R}^2 \to {\mathbb R}^2$ に関して、不変な ) 測度である。

したがって、この$(\sharp)$の意味で、「自然」な精密測定 ${\mathsf M}_{L^\infty ( \Omega, \rho_1 )}({\mathsf O}_E \equiv (\Omega, {\mathcal B}_{\Omega} , F_E), {\overline S}_{[\ast]}(1) )$ を得る。 次の同一視:

\begin{align*} \Omega \supseteq \Xi_{\sqrt{3}} \underset{\mbox{同一視}}{\longleftrightarrow} \{ (\alpha , \beta )\in \Omega_1 \;:\; \text{"弦} \ell_{({}\alpha , \beta{})}\mbox{の長さ}" < {\sqrt 3} \} \subseteq \Omega_1 \end{align*}

の下に、 混合言語ルール$^{\mbox{(m)}}$ 1 ($\S$9.1) の主張は、

$\bullet$ 測定値が $\Xi_{\sqrt{3}}$ に属する確率は

\begin{align} & \int_{\Omega} [F_E (\Xi_{\sqrt{3}})](\omega) \; \rho_1( d \omega )= \int_{\Xi_{\sqrt{3}}}\;\; 1 \;\; \rho_1( d \omega ) \\ = & m_1 (\{ \ell_{({}\alpha , \beta{})} \approx (\alpha, \beta) \in \Omega_1 \; | \; \mbox{ "the length of } \ell_{({}\alpha , \beta{})}" \le {\sqrt 3} \}{}) \\ = & \frac{\text{Meas}[{}\{ ({}\alpha, \beta{}) \; | \; 0 \le \alpha \le 2 \pi, \;\pi/6 \le \beta \le \pi/2 \}]} {\mbox{ Meas}[{}\{ ({}\alpha, \beta{}) \; | \; 0 \le \alpha \le 2 \pi, \;0 \le \beta \le \pi/2\}]} \\ = & \frac{2 \pi \times ( \pi/3)} {\pi^2} = \frac{2}{3}. \end{align} となる。


$\square \quad$






[第二の解答 (Pic.$2$(in Figure 9.10))].

Pic.$2$において, 弦$\ell$の座標表示を 円盤$\Omega_2$ $\equiv$ $\{ (x,y) \; | \; x^2 + y^2 < 1 \}$内の点 $(\alpha, \beta) $ で表す。 すなわち、次の同一視を考える。

\begin{align*} \Omega ( = \mbox{the set of all chords}) \ni \ell_{({}x,y{})} \underset{\mbox{同一視}}{\longleftrightarrow} ({}x,y{}) \in \Omega_2 ( \subset {\mathbb R}^2 ). \end{align*}

したがって、 自然な確率測度 $\nu_2$ $(\in {\mathcal M}_{+1}( \Omega_2))$を、次のように定めることができる。

\begin{align*} \nu_2 ({}A{}) = \frac{ \text{Meas}[{}A]}{\text{Meas}[{}\Omega_2{}] } = \frac{ \text{Meas} [{}A]}{ \pi } \quad ({}\forall A \in {\cal B}_{\Omega_2}{}) \end{align*}

確率測度 $\nu_2$ $(\in {\mathcal M}_{+1}( \Omega_2))$を $\Omega$上の確率測度 $\rho_2$に移して、 すなわち、

\begin{align*} {\mathcal M}_{+1} (\Omega ) \ni \rho_2 \underset{\mbox{同一視}}{\longleftrightarrow} \nu_2 \in {\mathcal M}_{+1} (\Omega_2 ) \end{align*} とする。 ここで、
$(\sharp):$ 確率測度$\rho_2 (\in {\mathcal M}_{+1}(\Omega ))$ は、不変な(すなわち、 回転写像 $T_{\mbox{rot}}^\theta : {\mathbb R}^2 \to {\mathbb R}^2$ $(- \pi \le \theta \le \pi)$ と 裏返し写像 $T^\theta_{\mbox{rev}} : {\mathbb R}^2 \to {\mathbb R}^2$ に関して、不変な ) 測度である。

したがって、この$(\sharp)$の意味で、「自然」な精密測定 ${\mathsf M}_{L^\infty ( \Omega, \rho_2 )}({\mathsf O}_E \equiv (\Omega, {\mathcal B}_{\Omega} , F_E), {\overline S}_{ [\ast]}(1) )$ を得る。 次の同一視:

\begin{align*} \Omega \supseteq \Xi_{\sqrt{3}} \underset{\mbox{同一視}}{\longleftrightarrow}   \{ (x , y )\in \Omega_2 \;:\; \text{"the length of } \ell_{({}\alpha , \beta{})}" < {\sqrt 3} \} \subseteq \Omega_1 \end{align*}

の下に、 混合言語ルール$^{\mbox{(m)}}$ 1 ($\S$9.1) の主張は、

$\bullet$ 測定値が $\Xi_{\sqrt{3}}$ に属する確率は

\begin{align*} & \int_{\Omega} [F_E (\Xi_{\sqrt{3}})](\omega) \; \rho_2( d \omega )= \int_{\Xi_{\sqrt{3}}}\;\; 1 \;\; \rho_2( d \omega ) \\ = & \nu_2 (\{ \ell_{({}x,y)} \approx (x,y) \in \Omega_2 \; | \; \text{"the length of } \ell_{(x,y)}" \le {\sqrt 3} \}{}) \\ = & \frac{\text{Meas} [{} \{ (x,y) \; | \; 1/4 \le x^2+y^2 \le 1 \} ]} {\pi} = \frac{3}{4}. \end{align*} となる。


結論9.29

自然な確率測度 (すなわち、 回転写像 $T_{\mbox{rot}}^\theta : {\mathbb R}^2 \to {\mathbb R}^2$ $(- \pi \le \theta \le \pi)$ と 裏返し写像 $T^\theta_{\mbox{rev}} : {\mathbb R}^2 \to {\mathbb R}^2$ に関して、不変な確率測度 ) を「ランダム(とか、無作為)」と見なす習慣があるとしても、 第一の解答と 第二の解答によって、次が言える。

$(\sharp):$ $\quad$問題9.28の「一意性」は否定される。
すなわち、
  • 「ランダム」なんて見方次第
とか、
  • 自然な感じの「確率」を俗に「ランダム」と呼ぶのだとしても、
    そうならば、一意性は言えない
である。





補足: この節では、量子言語の立場から、「ベルトランの逆理」について議論したが、 別に「新しい知見」を述べたわけではない。

  • ランダムは見方次第

などは、まともな研究者(または、素人でも)ならば、常識的なことと思う。 「ベルトランのパラドックスは、不可解な未解決問題」などと信じている研究者は、すくなくても著者の周りにはいない。 しかしながら、
  • 一人ぐらい変わり者の友人がいてもよかった
かもしれない。
たとえば、 「下図のようなサイコロを1000回投げる自由研究」をやっている中学生とか。