10.3:言語ルール2 ---火の無いところに,煙は立たない

10.3.1:因果関係の連鎖

前節の議論をまとめて, 次の言語ルール2を主張する. これは, 因果関係 --- 「火の無いところに,煙は立たない」という格言 --- の 測定理論による表現と思えば良いだろう.

(C):言語ルール2: 因果関係の連鎖
  • (ここまでの準備で、読めるはず)

$T$を 木半順序集合 として, 各$t (\in T)$に対して, 基本構造 $[{\mathcal A}_t \subseteq \overline{\mathcal A}_t]_{ B(H_t)}$ が定まっているとする.このとき, 因果関係 の連鎖は 因果作用素列 $ \{ \Phi_{t_1,t_2}{}: $ ${\overline{\mathcal A}_{t_2}} \to {\overline{\mathcal A}_{t_1}} \}_{(t_1,t_2) \in T^2_{\leqq}}$ により表現される。




$\fbox{注釈10.4}$ 言語ルール1(測定)と同様に、この言語ルール2(因果関係)も 一種の呪文である。 量子言語以外でも、 「運動(や変化・発展)」に関する呪文はいろいろとある。 たとえば、
$(\sharp_1):$ [アリストレレス]: 目的因(運動には目的がある)
$(\sharp_2):$ [ダーウィン]: 進化論(適者生存)

$(\sharp_3):$ [ヘーゲル]: 弁証法(正(テーゼ:thesis), 反(アンチテーゼ:antithesis), 合(ジンテーゼ:synthesis))
$(\sharp_4):$ エントロピー増大則
等である。($\sharp_1$)--($\sharp_3$) は、非数量的であるが、($\sharp_4$)は数量的である。

  • いずれもが世界を動かした「運動(や発展)に関する呪文」である

ことは事実で、 その偉大な効力には誰も異を唱えないと思う。 しかし、本書では言語ルール2(因果関係)に集中する。 著者は、

  • 上の$(\sharp_1)-(\sharp_4)$と比しても、[言語ルール2]は遜色ない


と信じてている。




10.3.2:因果作用素列の例─「連立一階微分方程式」等



以下で, 「因果関係の連鎖」を, 測定理論の言葉で記述する演習を行なう.


例 10.13 [状態方程式(=連立一階微分方程式)]

連続時間$T={\mathbb R}$ (時間軸)を考える. 順序「$\leqq$」は通常の「大小関係」とする. 各$t ( \in T)$ に対して, 状態空間$\Omega_t$ を $\Omega_t = {\mathbb R }^n$ ($n$-次元ルベーグ測度空間) と定める. 状態方程式 , すなわち, 次の時変数の連立1階微分方程式(10.13}}) を考える: \begin{align} & \begin{cases} \frac{d\omega_1}{dt}{} (t)=v_1(\omega_1(t),\omega_2(t),\ldots,\omega_n(t), t) \\ \frac{d\omega_2}{dt}{} (t)=v_2(\omega_1(t),\omega_2(t),\ldots,\omega_n(t), t) \\ \cdots \cdots \\ \frac{d\omega_n}{dt}{} (t)=v_n (\omega_1(t),\omega_2(t),\ldots,\omega_n(t), t) \end{cases} \tag{10.13} \end{align}

この微分方程式が生成する 決定的因果写像を $\phi_{t_1,t_2}: \Omega_{t_1} \to \Omega_{t_2}$, $(t_1 {\; \leqq \;} t_2)$ とする. このとき, $\phi_{t_2,t_3} (\phi_{t_1,t_2} (\omega_{t_1})) = \phi_{t_1,t_3} (\omega_{t_1}) $ $(\omega_{t_1} \in \Omega_{t_1} , t_1 {{\; \leqq \;}}t_2 {{\; \leqq \;}}t_3)$ は明らかなので, 定理10.5より, 決定的因果作用素列 $\{ \Phi_{t_1,t_2}{}: $ ${L^\infty (\Omega_{t_2})} \to {L^\infty (\Omega_{t_1})} \}_{(t_1,t_2) \in T^2_{\leqq}}$ を得る.



例 10.14 [2階差分方程式]

離散時間$T=\{0, 1 ,2,\ldots \}$を考える. 親写像$\pi: T\setminus\{0\} \to T$ を $\pi(t )=t-1 \; (\forall t =1,2,...)$ とする. 各$t ( \in T)$ に対して, 状態空間$\Omega_t$ を $\Omega_t = {\mathbb R }$ と定める. たとえば, 次の差分方程式を考える.すなわち, $\phi: \Omega_{t}\times \Omega_{t+1} \to \Omega_{t+2}$ は次を満たす: \begin{align*} \omega_{t+2} =\phi( \omega_t , \omega_{t+1} ) = \omega_t + \omega_{t+1} +2 \qquad (\forall t \in T ) \end{align*}

ここで, 状態 $\omega_{t+2}$ が1単位時間前の状態 $\omega_{t+1}$ だけではなくて 2単位時間前の状態 $\omega_{t}$ にも依存することに注意しよう (一般には, 「多重マルコフ性」 と呼ばれる). このような場合は, 以下のように多少の工夫が必要である. 各$t ( \in T )$ に対して,新たな状態空間を ${\widetilde \Omega}_t =$ $\Omega_t \times \Omega_{t+1} = {\mathbb R }\times {\mathbb R }$ で定めて, 決定的因果写像 $\widetilde{\phi}_{t,t+1} : {\widetilde \Omega}_t \to {\widetilde \Omega}_{t+1}$ は次のように定める:

\begin{align*} & (\omega_{t+1}, \omega_{t+2} ) = \widetilde{\phi}_{t,t+1} (\omega_t, \omega_{t+1} ) = ( \omega_{t+1} , \omega_t + \omega_{t+1} +2 ) \\ & \hspace{5cm} (\forall (\omega_t , \omega_{t+1}) \in {\widetilde \Omega}_t, \forall t \in T ) \end{align*}

したがって,定理10.5定理 より, 決定的因果作用素 $\widetilde{\Phi}_{t,t+1} : L^\infty ({\widetilde \Omega}_{t+1}) \to L^\infty ({\widetilde \Omega}_{t})$ は,

\begin{align*} & \quad [\widetilde{\Phi}_{t,t+1} {\tilde f}_t]( \omega_t , \omega_{t+1} ) = {\tilde f}_t(\omega_{t+1} , \omega_t + \omega_{t+1} +2 ) \\ & (\forall (\omega_t , \omega_{t+1}) \in {\widetilde \Omega}_t, \forall {\tilde f}_t \in L^\infty ({\widetilde \Omega}_{t+1}) , \forall t \in T\setminus \{0\}) ) \end{align*}

によって定義できて, 決定的因果作用素列 $\{ {\widetilde{\Phi}}_{t,t+1}{}: $ $L^\infty (\widetilde{\Omega}_{t+1}) \to L^\infty (\widetilde{\Omega}_{t}) \}_{t \in T \setminus \{0\} }$ を得る.







$\fbox{注釈10.5}$ 諸科学の運動・変化において,「現在」ばかりでなくて, 「過去」の状態までが,次の状態に 影響すると考えたいことはよくあることなので,「多重マルコフ性」 の例を述べた. 多重マルコフの系や時間遅れの系も, 状態空間を工夫して, 因果作用素列で表すのが,測定理論の基本である. 状態方程式(10.13) を連立一階微分方程式で書いたのもこの理由による. もちろん, 原則・理論としての話で, 応用・計算等ではその限りではない.