この節は,次の文献からの抜粋である.
測定理論
(= 量子言語 )
測定理論は「二種類のトンデモ性」を持つ.
すなわち,「観念論=言語的科学観(8.1節)」と思って,
$(\sharp_2):$ |
$
測定理論の「トンデモ性」
\begin{cases}
観念論 &・・・\underset{(靴に足を合わせる: 12.4.1節) \qquad }{言語的科学観}
\\
\\
二元論 &・・・\underset{(観客は舞台に上がらない: 12.4.2節)}{言語的解釈}
\end{cases}
$
|
となる.
本節では,この「トンデモ性」についての注意を述べる.
12.4.1: 言語的解釈─
観客は舞台に上がらない
問題12.13 [観客は舞台に上がらない]
高校の数学の教科書から,日常言語で記述された次の問題を考えよう.次の手順(a)
と
(b)を考える:
$(a):$ |
壷の中に,白球と黒球が,それぞれ$m$個と$n$個入っている.
壷の中から球を一つ取り出して,
もしそれが白球ならば,手元におく.
もしそれが黒球ならば,壷の中に戻す.
この試行を3回行う.
また,
最初に,
壷の中に,白球と黒球が,それぞれ$3$個と$2$個入っている
とする.
|
$(b):$ |
(a)の試行後に,手元に白球が2つ
になる確率を求めよ.
|
解答
${\mathbb N}_0$
$=\{0,1,2,\ldots\}$とする.
壷の中に,白球と黒球が,それぞれ$m$個と$n$個入っている状態
を,
$
(m,n) \in {\mathbb N}_0^2
$
と記す.
双対因果写像
${\Phi^*}: {\cal M}_{+1}({\mathbb N}_0^2)$
$
\to
{\cal M}_{+1}({\mathbb N}_0^2)$
を,
点測度$\delta_{(\cdot)}$を使って
表現すると,
\begin{align}
{\Phi^*}(\delta_{(m,n)}) =
\begin{cases}
\frac{m}{m+n} \delta_{(m-1,n)}+\frac{n}{m+n} \delta_{(m,n)}
& \quad (\text{} m \not= 0\; \text{のとき})
\\
\delta_{(0,n)}
& \quad ( m = 0\; \text{のとき}).
\end{cases}
\tag{12.17}
\end{align}
$T=\{0,1,2,3\}$を離散時間と
して,
各$t$
$\in T$に対して,
$\Omega_t = {\mathbb N}_0^2$
とする.
したがって,
\begin{align}
&
{[\Phi^*]}^3 (\delta_{(3,2)}) =
{[\Phi^*]}^2
\left(
\frac{3}{5}\delta_{(2,2)}
+
\frac{2}{5}\delta_{(3,2)}
\right)
\nonumber
\\
=
&
{\Phi^*}
\left(
(\frac{3}{5} (\frac{2}{4} \delta_{(1,2)}
+\frac{2}{4} \delta_{(2,2)} )
+
\frac{2}{5}{(} \frac{3}{5} \delta_{(2,2)}+\frac{2}{5} \delta_{(3,2)}
)
\right)
=
{\Phi^*}
\left(
\frac{3}{10} \delta_{(1,2)}
+\frac{27}{50} \delta_{(2,2)}
+
\frac{4}{25} \delta_{(3,2)}
\right)
\nonumber
\\
=
&
\frac{3}{10} (
\frac{1}{3} \delta_{(0,2)}+\frac{2}{3} \delta_{(1,2)}
)
+\frac{27}{50}
(
\frac{2}{4} \delta_{(1,2)}+\frac{2}{4} \delta_{(2,2)}
)
+
\frac{4}{25}
(
\frac{3}{5} \delta_{(2,2)}+\frac{2}{5} \delta_{(3,2)}
)
\nonumber
\\
=
&
\frac{1}{10} \delta_{(0,2)}+\frac{47}{100} \delta_{(1,2)}
+\frac{183}{500}
\delta_{(2,2)}
+
\frac{8}{125} \delta_{(3,2)}
\tag{12.18}
\end{align}
$C(\Omega_3)$
内の観測量
${\mathsf O} =({\mathbb N}_0,2^{{\mathbb N}_0}, F^{})$
を,次のように定める:
\begin{align*}
[F^{}(\Xi)](m,n)
=
\begin{cases}
1 & \qquad (m,n ) \in \Xi \times {\mathbb N}_0
\subseteq \Omega_3
\\
0 & \qquad (m,n ) \notin \Xi \times {\mathbb N}_0
\subseteq \Omega_3
\end{cases}
\end{align*}
したがって,
測定
${\mathsf M}_{L^infty({\mathbb N}_0^2)}(\Phi^3{\mathsf O}, S_{[(3,2)]})$
により,測定値「$2$」を得る確率,
すなわち,
手元に白球が$2$つ残る確率は,
\begin{align}
[\Phi^3 (F (\{2\}))](3,2)
=
\int_{\Omega_3}
[F(\{2\})](\omega)
({[\Phi^*]}^3 (\delta_{(3,2)}) )(d \omega)
=
\frac{183}{500}
\tag{12.19}
\end{align}
である.
$\square \quad$
上は簡単な演習問題であったが,次の(c)は注意すべきである.
$(c):$ |
上の(a)の部分は因果関係で,(b)の部分が測定に関係する.
|
通常は,(a)の部分でも,
測定者が活躍しているように考えるかもしれないが,
測定理論では,言語的解釈(3.1節(E$_1$))では,
測定対象の中に,測定者が登場することはない.
喩えて言うならば,
であり,
したがって,(a)の文言の中の
「試行者」は,測定者(=我)でない.
「ロボット」と思うのがわかり易い.
$\fbox{注釈12.4}$ |
それでは,「注意6.25の手続き(a)内には,『確率概念』
は無いのか?」
と問うかもしれない.
これは「測定(言語ルール1)の確率」とは違うので,
測定理論の原則に従うならば,
手続き(a)内には,「確率概念」
は無いと言うしかない.
したがって,
「測定対象内の確率」には,別の名前,
たとえば,
「マルコフ確率」
などして区別するのも一つの方法である.
ただし,
本書では,「測定なくして,確率なし」
の量子力学の精神に従っているので,
「マルコフ確率」という言葉は使わない.
すなわち,
$(\sharp_1):$ |
量子力学で「確率」を表現するときの文言
と
同じ形の文言で表現されるものを
測定理論でも
「確率」と呼びたい,
すなわち,
言語的解釈は,
量子力学
と
測定理論で
共通と思いたい
|
からである.
|
12.4.2:言語的科学観─靴に足を合わせる
日常言語は,
何でも曖昧に取り込んで渾然一体としてしまう
モンスター言語である.
日常会話では,
一元論とか二元論とかが決まっているわけでなくて,
「時制」も当たり前のこととして,
臨機応変に会話する.
したがって,当然であるが,
「測定」と「因果関係」
という言葉の使い方も,
測定理論と日常言語では
ズレがある.
と言うより,
日常言語の中では,
「測定」と「因果関係」という言葉
は気分で使われているに過ぎない.
本節では,このズレについての注意点を述べる.
注意12.14 [測定と因果関係の混同 (例 2.31からの続き)]
例2.31の
[コップの水の冷・熱の測定]
を思い出そう.
測定
${\mathsf M}_{{L^\infty (\Omega) }} ( {\mathsf O}_{冷熱},$
$ S_{[\delta_\omega]} )$
で,$\omega=5℃$
の場合に,
$(a):$ |
測定
${\mathsf M}_{{L^\infty (\Omega) }} ( {\mathsf O}_{冷熱}, S_{[
\omega(=5)]} )$
により
得られる
測定値
$x(\in X
=\{冷, 熱\})$
が,
集合
$
\left[\begin{array}{ccc}
{}
\emptyset
(={\text 空集合}) \quad
\\
\{ \text{冷}\}
{}
\\
\{ \text{熱} \}
\\
\{ \text{冷} ,\text{熱}\}
\end{array}\right]
$
に属する
確率
は
$
\left[\begin{array}{cc}
{}
0
\\
{}
[F(\{ 冷 \})]
(5)=1
\\
{}
[F(\{ 熱 \})](5)
=0
\\
{}
1
\end{array}\right]
$
である.
|
と記述した.
ここで,
「5℃」が原因で,
「冷たい」が結果,とは考えない.すなわち,
$(b):$ |
$\qquad
\qquad
$
$
\underset{{(}原因{)}}{\fbox{5℃}}
\longrightarrow
\underset{{(}結果{)}}{\fbox{冷たい}}
$
|
を「因果関係」と考えなかった.
その理由は,
もちろん,
言語ルール2が使われていないからである.
測定理論では,
因果関係は,測定対象内だけの関係で,
「測定者と測定対象にまたがる」
ことはない.
日常会話の中では,
一元論と二元論の区別なく
混用されているので
注意が必要である.
$\fbox{注釈12.5}$ |
もちろん,
「見方」の問題で,
上の(b)を,
「測定」と見ないで,
「現象」と見ることもできる.
すなわち,
冷熱--測定器の内部回路
と思えば,「因果関係」
である.
つまり,
双対因果作用素
$
{\Phi^*}
:
{\cal M}([0, 100])
\to
{\cal M}(\{冷, 熱\})$
を
\begin{align*}
&
[{\Phi^*}
\delta_\omega
](D)
=
f_{ 冷 }(\omega)
\cdot
\delta_{冷}
(D)
+
f_{熱 }(\omega)
\cdot
\delta_{熱}(D)
\qquad
(\forall \omega \in [0,100] \\
&
\forall D \subseteq \{冷, 熱\})
\end{align*}
と定めれば,
因果関係
と見ることもできる.
すなわち,
$(\sharp):$ |
$
\text{
同じことでも
記述の仕方により「測定」にも「因果関係」にもなる
}
$
|
のが,
言語的世界記述法である.
|
注意12.15 [混合測定とマルコフ因果関係の混用(
(壷問題:混合測定)からの続き)]
解答9.13(壷問題:混合測定)を再考しよう.
状態空間$\Omega=\{\omega_1, \omega_2 \}$
を考えて,
$C(\Omega{})$内の観測量
${\mathsf O} = ( \{ 白, 黒 \}, 2^{\{ 白, 黒 \} } , F{})$
を
(9.15)式
で定義し,
点測度$\delta_{(\cdot)}$
を用いて,
混合状態を$\nu_0 =p \delta_{\omega_1}
+(1-p) \delta_{\omega_2}$
とした.
このとき,
混合測定
${\mathsf M}_{L^\infty(\Omega)}({\mathsf O}, S_{[{}\ast{}] }(\nu_0) )$
によって,測定値
$x$
$(\in \{ 白 , 黒 \}{})$
が得られる確率は
\begin{align}
P(\{ x \}{})
&=
\int_\Omega
[F(\{ x \}{})](
\omega)
\nu_0(d \omega{})
=
p
[F(\{ x \}{})](\omega_1)
+
(1-p)
[F(\{ x \}{})](\omega_2)
\nonumber
\\
&=
\begin{cases}
0.8 p + 0.4 (1-p{})
\quad
&
(x=白{}\; \text{のとき})
\\
0.2 p + 0.6 (1-p{}))
\quad
&
(x=黒{}\; \text{のとき})
\end{cases}
\tag{12.20}
\end{align}
であった.
さて,ここで新たな状態空間$\Omega_0$
を1点$\omega_0$からなる集合,すなわち,
$\Omega_0=\{\omega_0\}$
と定める.
双対マルコフ因果作用素
${\Phi^*}: {\cal M}_{+1}(\Omega_0)$
$
\to
{\cal M}_{+1}(\Omega)$
を,
${\Phi^*}(\delta_{\omega_0})$
$
=p \delta_{\omega_1}
+(1-p) \delta_{\omega_2}$
として,
マルコフ因果作用素
${\Phi}: L^\infty(\Omega)$
$
\to
L^\infty(\Omega_0)$
を定める.
ここで,
純粋測定
${\mathsf M}_{L^\infty(\Omega_0)}(\Phi{\mathsf O}, S_{[\omega_0]})$
を考えよう.この測定により,
測定値
$x$
$(\in \{ 白 , 黒 \}{})$
が得られる確率は,
\begin{align*}
P(\{ x \}{})
&=
[\Phi (F (\{ x \}))](\omega_0)
=
\int_\Omega
[F(\{ x \}{})](
\omega)
\nu_0(d \omega{})
\\
&=
\begin{cases}
0.8 p + 0.4 (1-p{})
\quad
&
(x=白{}\; \text{のとき})
\\
0.2 p + 0.6 (1-p{}))
\quad
&
(x=黒{}\; \text{のとき})
\end{cases}
\end{align*}
となり,上の(12.20)式と同じになる.
$\qquad$
したがって,
混合測定
${\mathsf M}_{L^\infty(\Omega)}({\mathsf O}, S_{[{}\ast{}] }(\nu_0) )$
を
純粋測定
${\mathsf M}_{L^\infty(\Omega_0)}(\Phi{\mathsf O}, S_{[\omega_0]})$
と見なすことができたことになる.
$\fbox{注釈12.6}$ |
解答9.13
の「事前確率(=混合状態)」
が,
注意12.15では,「マルコフ確率」
になったことに注意すべきである.
すなわち,
$(\sharp):$ |
$
\qquad$
概念は,記述の仕方に依存する
|
のが,
言語的世界記述法である.
これを「トンデモ」と
思うとしたら,
実在的科学観の刷り込みに起因すると考える.
実在的記述法に慣れた感覚からすると,
妙な感じがすると思うが,
言語的記述法とはこういうものである.
ニーチェ(1844年--1900年)の有名な言葉:
$\bullet$ |
「事実などは存在しない,あるのは解釈だけ」
|
を思い出そう.
測定理論は,
物理学とはまったく別の原理
(すなわち,
「言葉が先,世界が後」)
から成り立っていることに注意すべきである。
注釈2.5で述べたように,
「○○とは,何か?」という問い掛け
に対して真摯な態度を取らなかった理由は,
上の$(\sharp)$に依拠する.
これが言語的世界観で、
すなわち、
"足を(=世界)を靴(言語)に合わせる"
である。
|
$\fbox{注釈12.7}$ |
20世紀の科学はいろいろあるにしても,3つ挙げるとしたら
相対性理論, 量子力学, DNA二重らせん構造の発見(ワトソンとクリック)
だろう.
クリックの著書「驚くべき仮説(The astonishing hypothesis)」の冒頭に,
$(a):$ |
You, your joys and your sorrows, your memories and your ambitions,your sense of personal identity and free will,are in fact no more than the behaviour of a vast assembly of nerve cells and their associated molecules.
|
つまり,
$(a'):$ |
我々の心のいろいろな現象--喜び,悲しみ,記憶,志,自我,自由意志等--は非常に多くの分子と細胞の相互関係の表現に過ぎない
|
とヒューム(1711-1776)の考えに近い意見を述べている。
もちろん,クリックは「二元論」を否定しているわけではないと思う.
量子言語の主張は,
$(b):$ |
一元論的な現象を,二元論的言語で記述する
|
のだから,クリックの主張(a)(=大部分の科学者の意見)は
二元論(=量子言語)と矛盾するわけではない.
|
サプリ
哲学と言ってももいろいろある。
ただし、
この本書的には、哲学の本流は、「世界記述の哲学」と断言して、
$(\sharp_1):$ | 一元論的世界記述法を追究するのが、物理学の中心的テーマ
|
$(\sharp_2):$ | 二元論的世界記述法を追究するのが、哲学の中心的テーマ
|
と主張したい。
これを主張するためには、
-
「通常の量子力学(二元論的物理学)は物理学でない」
としなければならないわけで、この非常識の理論的裏付けとして
「量子言語」というかなり大がかりな工夫が必要だった。
結局、次図を示した。
これならば、スッキリする。